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目に見えない何かとつながる感覚
![]() | <スピリチュアル>はなぜ流行るのか (PHP新書 451) (2007/03/16) 磯村 健太郎 商品詳細を見る |
「千の風になって」はなぜヒットしたのか?
「宗教」と入れ替わるかのように、スピリチュアル文化は原初的な
宗教形態も取り込もうとする。
縄文文化や、神社神道が成立する前の原始神道、さらには
ネイティブアメリカンなどの先住民文化も対象だ。
「宗教」の物語が凋落したあと(ポスト「宗教」)、
宗教が体系化される以前(プレ「宗教」)への回帰という
現象が起きている。
たとえば宮崎駿監督のアニメ映画もそうだ。
『千と千尋の神隠し』(観客動員数2300万人以上)や
『もののけ姫』(同・1300万人以上)を見て、
自然とのつながりを感じたり、みずから生きる力を
たしかめたりしているとすれば、
そこには宗教的なはたらきがある。
そして何より大切なことは、これらの作品では、
「この世」を包んでもっと広く深い「霊的」世界が、
その真相は定かに理解できないままにたしかに
存在していて、それがこの世の閉塞感を破り、
癒すものとなっている、そうした感覚が、
とりわけ日本的自然─多くの日本人にとって、
「自然」とはすでに半ば「この世」を超えた世界である
─の感覚と結びついて、巧みに捉えられていることである。
このコメントはそのまま、
「私のお墓の前で泣かないでください」で始まる
『千の風になって』(講談社)にも当てはまりそうだ。
目に見えない何かとつながる感覚─<スピリチュアル>。
宗教の役割が希薄になった日本で、
「癒されたい」
「救われたい」
「つながりたい」
という声なき願いに応えてくれる存在とは?
でも、一言言っておく。
いくらスピリチュアルなものによって、
癒され、救われ、つながったとしても、
おのれの腹は膨れはしない。
君は、最後まで、空腹に勝てるかね!
←電磁波を送りますヨ!
←“反面教師”で頑張ってます!
< 脳内メーカー >
< ちんこ内メーカー >
<おっぱいメーカー>
新宗教の人だと思われる女性が、僕の事務所を訪ねてきたことがある。
それも、真夏の午後。
30代後半と思しき女性のそばに、真っ黒に日焼けした男の子が、
手をひかれて立っていた。
帽子をかぶり、肩には水筒をかけている。
そして、その女性は、おもむろに、その宗教への入信を勧め始めた。
僕が、質問をすると、
「それは、今度の私たちの集会においでになって、
直接、神さまからお聞きなさい」という。
そんな時間はないから、貴女が答えてくれといっても、
私はそんなに立派な人間ではありませんから、という。
最後に僕は、こういってやった。
「貴女は今、幸せですか?」
そして、そばに立っている男の子の方に目を向けて、
「この僕も、幸せだと思いますか?」と尋ねてみた。
彼女の返答は、「ハイ、私もこの子も、とても幸せです」だった。
「じゃあ、僕は貴女から見て、幸せに見えますか」
と意地悪な質問をしてみた。
・・・・・・・・・・・
「ハイ。とても幸せそうに見えます」
・・・・・・・・・・・・・
オマエトイッショニスンナ((  ̄っ ̄)ムゥ
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Comment
No title
みゅー
前うちにもそういった人がきましたけど うちの親父が
「 まあ あがって 家の仏壇に手をあわせていけ 」 と言ったら
かえっちゃったけど・・・。
神様と悪魔は 自分の中に居て いつも いい事と悪い事を
交互にささやいてくる。
それを 実行にうつすのは自分自身だから 神様も悪魔も自分自身。
無宗教のオラ的な考え方だなぁ。
宗教って 果ては差別や 戦争につながるので恐怖です・・・。
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この話は、もう10年以上も前の話です。
あの男の子は、どうなったんだろうって、
考えたりします。
自分だけが幸せで、自分だけが満足しているのは、
宗教とは程遠いまやかし物です。