ひとつの“希望”としての……あんがとノート

ごんべさんご夫妻に捧げます


うらやましい死にかたうらやましい死にかた
(2000/07)
五木 寛之

この国はきっと大丈夫だ


 ★ひとつの“希望”としての死


 私の母は四十二歳、父は五十六歳で死んだ。共に「うらやましい」とは言えない残念な死にかただった。しかし、いま私はそのことを少しも淋しいとは想わない。ここに集まった多くの文章に描かれているすべての父や母の姿が、なぜか自分の父や母の姿でもあるかのように重なって感じられたからである。
 私を驚かせた文章の幾編かには、すぐれた知性というものが、死というえたいの知れない怪物に対しても立派に働く力をもっているという実例が描かれていた。失礼ながら、私は知性などというものは、人間の死に対しては迷いを深めるばかりではないかと疑っていたのだ。むしろ字も読めないような人びとの素朴な信仰のほうが、死には強いと思っていたのだが、どうやらそうでもないらしい。とはいうものの、無名で、大した学歴もなく、ただひたすら働きつづけてきた生きた普通の人の死のありさまには、とりわけ偉大なものを感じないではいられない。
 ふと、まわりを見回せば、つらい死にかたばかりが目につく。できることなら、あんなふうに死にたくないとひそかに思うことが多い。そんな日常のなかで、たとえそれがごく希な事であろうとも、自然におだやかな逝きかたをした人の実際の姿を教えられることは、とても心強いことだ。
 寄せられた多くの文章に接して、私はとても励まされるところがあった。自分もそのように死んでいけるのだろうかと思い、とてもできはしないとため息をつく。そして、じたばたして死ぬのも、また人間らしい死にかたかもしれない、などと考えたりする。正直なところをいえば、妙に悟りすました死にかたに、心のどこかで反撥めいた感情を抱いていた時期もあったのだ。
 しかし、死ぬことを単なる終わりではなく、なにか新しい生のはじまりのようには考えられないものだろうか。仏教では、古来、あまり霊魂のことなどには触れないのがならわしである。死後のことを語るより、どう生きるかを考え、命がつきるときは浄土へ迎えられたと自然に受けとることをすすめる。しかし、私たち人間は想像力の動物なので、あれこれ未知の世界についても思いをめぐらさないわけにはいかない。

 人はみな還っていく。それを往生と称することもある。そのイメージは、終焉という感じはない。なにか新しいドラマがはじまるのを期待して、波立つ気持ちがある。

 人は自分の誕生を自分の意志で決定することができない。なにものとも知らぬ力によって、この世に泣き叫びながら生まれてくるのだ。しかし、生まれた人間が、みずからの生の終りを人間的にしめくくることができたとすれば、それはすばらしい人生だと思う。
 立派な業績を残さずともよい。名誉や、足跡をきざむこともない。子孫に美田を残すこともいらない。世の人びとの記憶にとどまることもいらない。静かにその生を終えるときに、人間は大きなものを残して去るのだ。うらやましい死にかたとは、そのようなものではあるまいか。




人生最後のハードルを越えて


蝋燭が燃え尽きるように


季節の花や木を愛でながら


僕は、こう言って、逝きます


“俺は逝くぞ、


 しばらくのお別れだから、泣くな”



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僕は、この言葉が好きです。

「なにものとも知らぬ力によって、

この世に泣き叫びながら生まれてくるのだ。」


そして、僕は今も、泣き叫んでいます。

そして、きっと、

死ぬまで、泣き叫んでいると思います。

今は、“悔し涙”かもしれないけど、

死ぬときは、“ありがとうの涙”で!!
 


Tag : 誕生 ハードル 美田

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